akkiy’s 備忘録

主にインスタで載せ切れなかった読書記録とか。

【読書記録】「ライシテから読む現代フランス:政治と宗教のいま」(著:伊達聖伸) メモ全文

インスタの方で載せ切れなかった「ライシテから読む現代フランス:政治と宗教のいま」(著:伊達聖伸)のメモなど。

 

 

以下、印象に残った箇所やメモ。

 

15 ライシテが今回(※2017年)の大統領選挙の主要テーマのひとつとなったのは、別段驚くべきことではない。ライシテの歴史は近代フランスの民主主義の歩みと重なり、現代フランスにおいて重要なテーマであり続けているからである。
ライシテの歴史は古くにさかのぼるが、一七八九年のフランス革命がやはりひとつの特権的な起点をなす。神授権を賦与された王に代わって市民が主権者となり政治権力を構成するようになった転換こそが、やはり革命の革命たるゆえんであり、宗教に抗して人間の自律と尊厳を勝ち取った歴史と記憶が、共和国フランスのライシテ理解の根幹に横たわっている。
(中略)
ライシテとは、宗教的に自律した政治権力が、宗教的中立性の立場から、国家と諸教会を分離する形で、信教の自由を保障する考え方、またはその制度のことである。法的な枠組みでもあるが、国民国家イデオロギーとして、さまざまな価値観とも結びつく。それゆえ、ひとつの逆説として、宗教から自律しているはずのライシテ自体が、あたかもひとつの宗教であるかのような相貌で立ち現われてくる場合もあるだろう。
→ライシテの定義、歴史的背景、逆説としてのライシテという宗教


40→ライシテ7つの類型、
・宗教を敵視するライシテ
ガリカニスム(国家が宗教を従え宗教に介入する政教関係)のライシテ
・個人の良心の自由を重視するライシテ
・礼拝の自由を重視するライシテ
・コンコルダート(宗教協約:聖職者は国家から俸給を受け取る)のライシテ
・宗教の公共性を強調する開かれたライシテ
アイデンティティのライシテ

 

95 「今日の課題は、穏健なひとびとに生きる権利をあたえ、そして、かつては必要だったかもしれないがいまでは必要性がないような厳しい法令の適用をゆるめることである。〔……〕われわれはただ、恵まれないひとびとにも政府が配慮することを願う。それだけである。恵まれないひとびとを活用し、かれらをけっして危険な存在に変えない方法はたくさんある。〔……〕たしかに、カルヴァン派の下層民のなかにはいまでも狂信的な信者がいる。しかし、カトリックの一部、たとえばジャンセニストの下層民のなかにはそれ以上に狂信的な信者がいることも事実である。〔……〕その数を減らすもっとも確かな方法は、この精神的な病を理性による治療にゆだねることである。〔……〕今日、教養人はそろって狂信的なふるまいをあざ笑う。この嘲笑を軽んじてよいものだろうか。嘲笑というのは、あらゆる宗派の狂信的な逸脱にたいする強力な防壁なのである」(『寛容論』)。
ヴォルテールの「寛容論」からの引用部分、ただしヴォルテールは完全に寛容だった訳ではなくあくまで秩序の中でのみ寛容な宗教を許容するよう主張していた、ガリカニスム的ライシテ

 

172→共和国内部に新たな共同体をつくる動きはフランスでは普遍主義に背を向ける「共同体主義」と危険視される

 

206  政治と宗教を区別するキリスト教(およびこの宗教を土台に生成してきた近代西洋の政教関係モデル)と両者の融合を前提とするイスラームは対極にある。歴史的に見ても、「ヨーロッパ」の自己意識そのものが、中世初期に「イスラーム」と対峙したことを通して形成されている。二つの異質で敵対的な文明という図式は、近代西洋の植民主義の時代を経て現代まで続いている。
しかし、本来的に異質とされていたものが歴史のなかで変容を遂げ、ほとんど一致する方向で収斂してくる現実も存在する。ヨプケ(※政治学者)は、教義面ではイスラームのメインストリームは保守的で世俗主義に敵対的だが、イスラームの視点から世俗主義を「土着化」するような社会的プラグマティズムがヨーロッパでは起こっていると述べている。「リベラルなイスラーム」あるいは「ヨーロッパ的なイスラーム」は十分に可能であり、すでに一部は実現している。
ただし、このような動向自体が、二つの異質な文明観の図式を再強化し、両立不可能性を主張する者の言動を再活性化する構図にもなっている。

 

215→ライシテ体制の5つの要素
ケベック政治学者ジェラール・ブシャールは、この四つの要素を土台にしながら、ライシテ体制を構成する要素を五つ列挙している(「間文化主義(インターカルチュラリズム)』)。
一、信仰または良心の自由
二、宗教的およびその他の諸信仰体系の平等
三、国家と制度化された信仰体系(「教会」など)の分離または相互の自律性
四、あらゆる宗教(および深い信仰体系や、世界観に根差した良心の信念)に対する国家の中立性
五、習慣としての価値または代々受け継がれてきた価値

 

217→日本を含めて他の国のライシテでも宗教か文化かの議論がよくある、日本では第一から第四の要素を規定する日本国憲法と、第五の要素としての習慣や伝統との葛藤が主な争点、宗教と習慣や伝統をどのように線引きするか

 

223→明治期の日本は祭政一致政教分離の二重構造

 

228→確固たる信念や本心を抱いている人が少ない日本の社会において、他人の宗教的信念に対しても高い価値をみとめられるか、日本は多神教だから寛容という本質主義的な風土論はその保障にならない。ライシテには宗教のあるなしに関わらず、異質な価値観を持つ人々を平等に遇し、差別をせず、共存を図る「多文化共生」のベクトルがある。しかし日本における「政教分離」という言葉と「多文化共生」のイメージは大きくかけ離れている。